信仰の場所に寄り添う樹木たち  ~ 香港の廟 その1 ~

ウチの地域では、例年4月の第1週が春祭り。
3日の日曜日に、大人の先導で子供達が神輿(みこし)を担いで練り歩いてて。
♫ 「 ワッショイ 」 ドンドン 「 ワッショイ 」 チンチン ♫
太鼓と鐘の音と掛け声とが行き来して、にぎやかで。

各町内から練り歩いてきた行列が集まるのは、地域のほぼ真ん中にある神社。
こんもりとした小さな森の中の神社に神輿たちが集結した後、
各地域の途中途中の祠(ほこら)に寄りながら、それぞれ戻って行く。

田畑がまだまだ残ってる おらが町では、けっこうたくさんの祠が あちこちに点在する。
まわりに何もない田畑だけが広がる中にポツンポツンと祠があり、
その祠を囲む小さな 【 鎮守(ちんじゅ)の森 】 があって、樹木たちが拝殿を囲んでいる。
生まれた時からずっとここに住んでる自分でさえ、
こうして点在する鎮守の森は別格の場所で、そこだけ特別な空間だと感じる。
不思議なもので、周りとは別の 凛とした空気 が漂ってる気がする。



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鎮守の森だなんて、そもそも字が難しいし 日常では使わない言葉なのに、
幼い頃に何度も歌った唄のおかげで、けっこう身近な言葉になってる。

【 村祭 】 っていう唄が、そうだった。
   ♫ 村の鎮守の神様の 今日はめでたい御祭日
      ドンドンヒャララ ドンヒャララ ドンドンヒャララ ドンヒャララ
      朝から聞こえる笛太鼓  ♫

僕の歌の引き出しの中の1曲だけど、この唄を習った人は きっと多いんじゃないかな?

口ずさんでみると、うん、まさにウチの地域の春祭りそのもの。
幼稚園児や小学校低学年の頃から歌ってたこの唄のおかげで、
「鎮守の森っていうのは、神様が人里に降りてくる場所。」
って自然に教わったような気がする。
「神様がやってくる時の玄関口」 ・ 「神様が目印にする場所」
・・・だからそこだけ樹木がこんもりしてるんだよね。



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香港で散歩してると、あちらこちらで廟に出会う。
で、ほとんどの廟には、樹木が寄り添ってる。
廟の周りの樹木。・・・なんとなくだけど、僕には “ 日本の鎮守の森 ” と重なる。

ウチの周りのように田んぼが広がる中にポツンポツンと建ってる祠とはタイプが違うし、
香港のように高層ビルやマンションに囲まれてる廟を “ 鎮守の森 ” とは言えないかも。
そもそも、神道と儒教では世界が違うだろうし。
だけど、
自分が目にする範囲だと、ほぼ例外なく廟に寄り添っている樹木たちが ある。
「やっぱりこれも、神様が降りてくる場所だからなんやろか?」
「高層ビル群の谷間やもんな、神様が分かりやすいように玄関口を作っとかなきゃね。」
幼い頃に教わったことを、香港で散歩しながら思い出して重ねる。



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有名な観光名所になってる廟だって、やっぱり鎮守の森。

上環の文武廟なら、
クルマが疾走し大型観光バスが乗りつける道路と背後のマンションとの間に、
わずかながらも樹木が。

灣仔の洪聖廟だって、
路線バスやクルマがひっきりなしに通る道路に沿って建つ廟を 樹木が守るように立つ。

そうだね、 “ 守ってる ” ような気がする。
神様が降り立つ玄関口なのかもしれないけれど、
香港で見かける 【 廟と共にいる樹木 】 たちは、神様に寄り添ってるんじゃないだろうか。
年中強い日差しから、守ってる?
手強い排気ガスから、守ってる?
樹木が寄り添ってそっと守ってる廟、その廟に居る神様が人間を守る。
だとしたら、
人間は樹木たちにも守られている ということかも?



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廟の近くには小さな小さな憩いの空間があることも。
その空間にも樹木の枝葉がかぶさってきてて、木陰を提供してくれて。
簡素なベンチがある場合もあるし、低い植え込みのレンガに腰掛けられる場合もある。
よく、じいちゃんやばあちゃんが木陰の中でのんびりしてる。

廟と樹木たちは、人に優しいものであると同時に 神聖なもの。
どんなに街の再開発が進もうと、廟だけは けっして手を付けられることはなく、
廟に寄り添っている樹木たちも 切られることはない。
憩いの場であり祈りの場でもあるこの場所は、これからもきっと変わらぬままだと思う。

あぁ~そんなこと言ってるくせにさ、
廟の木陰で いつも奶茶飲みながら休憩してるぞ自分。
じいちゃんやばあちゃんに混じって、右手に菠蘿飽・左手に凍奶茶とか。
ほぼ100%これしてる筲箕灣の城隍廟。
涼しい木陰はあるし、
年輩の皆さんが醸し出す柔らかな空気はあるし、
終着点と始発点になってるトラムの回転場が眺められるし。
あまりにも好条件がそろってて、出来過ぎの休憩場所だから。

・・・いつも のんびりさせて頂いているお礼を
神様と樹木たちに 次回は忘れないように伝えて来なきゃねぇ。。。



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鎮守の森がある日本の神社と香港の廟。
共に木立があることだけではなく、敬う気持ちがそこにある。
国は違っても人が 立ち寄り ・ 願い ・ 感謝し ・ 祈る場所 。

樹木たちは、すべてを見おろしてるんだろうね。

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Commented by ころた at 2016-04-13 07:14 x
美都餐室から眺める天后廟の風景を見るのが大好きでした。
【 廟と共にいる樹木 】 たちは、神様に寄り添ってるんじゃないだろうか。
なるほどね、だから心が落ち着いたのかもしれない。
時間の流れが香港の街と違って感じるのも。

最後の写真グッド!!
Commented by hongkonggaffe at 2016-04-16 13:41
♫ ころたさん
あ、そうかぁ、美都餐室から見下ろす木立の中の廟ってありますね。ころたさん、あの廟の中へ入ったことはありますか?ウチ1度もないような?うん、無いぞ。なんだろう?あの木立の下って他の所とは別格で広いし、広場になってるからそのぶんおじさん度が高いんですよね。どうも怖気づいてるような気が(笑)。広場を横断して来るだけでいっぱいいっぱいで、中でゆっくり過ごしたことが無くて。その延長で廟内に入ったことが無い。・・・時間の流れが違いますよね。なんだろう?だからあのゆるりとした空間は、地元の皆さんの憩いの場なんだろうなぁ。ある程度の年齢よりも若い人たちは滅多に見かけないのは、店や自宅の祭壇でお参りしてて、外へ出たら仕事するのに精一杯だからなのかなぁ?・・・写真、ありがとうございます。紙コップの右奥の方で、ずっとこのおばあちゃんが涼んでらっしゃいました。人に優しい樹木たちですね。
Commented by 爽子 at 2016-04-30 22:27 x
樹木に流れる時間と人間に流れる時間は違いますよね。
樹木に流れる時間のほうが神々に近いかもですね。
Commented by hongkonggaffe at 2016-05-01 17:00
♫ 爽子さん
あぁ、なるほどそうなんですね。ほんとですねぇ。よくよく考えてみると、苗木から始まって今に至った樹木って、人間よりもはるかに年月を経てきていますしね。話は違いますが、おらが町は山&森に囲まれているような場所ですので、近くに森林浴に行くことが度々あります。こっちがどんなに凹んでても、樹木や森の放つ空気・匂いでシャワーを浴びさえてくれます。下界へ戻ると一気に元に戻っちゃうんだけど(笑)。5月に入り新緑の季節なので、もう、山々が産地の違うブロッコリーを寄せ集めたような美しさになってます。・・・爽子さん、ずっと以前に教えて頂いたアドレスにメールをお送りしてありますが、ちゃんと送信できていないかも?、、でしたら「来てない!」と教えて下さいね(笑)。
Commented by 爽子 at 2016-05-06 00:12 x
先程メールの返信致しました。
遅くなり申し訳ありません。
諸事情で気付くのに時間がかかってしまいました。
上手く返信出来てると良いのですが..(ー ー;)
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by hongkonggaffe | 2016-04-06 22:37 | 香港ふうけい | Comments(5)

「暮らすように滞在していたい」 と思いながら里帰りする香港の日々。


by こえだ